ペスト
名作をじっくり読む
すっかりブログを更新できておりませんでした。
今回ご紹介するのは、”ペスト(カミュ著/宮崎嶺雄訳/新潮社)”です。
世界的に感染症が流行するようになってからは、再び世に注目されるようになったこちらの作品。
厚みのある1冊なので、読むのにかなり時間がかかってしまいました…。しかし、非常に考えさせられる良書です。時間はかかったけれど、読んだ甲斐がありました。
こんな人におすすめ
- 繰り返される感染症について考えてみたい人
- じっくり古典を読みたい人
概要
文章の構成
タイトルの通り、ペストについて書かれた小説です。
オランという街で突如始まった感染症。それが過去にパリでも猛威を振るったペストであると断定されるまでの緊張感。そしてペストであると判断されてからのロックダウンの様子。その中に生きる人々の生活の様子や、感染症と戦うことになった人々の生活と心の様子…
事細かに描写されている分、ドキドキ感がありました。
端的な状況説明や感情の表し方は、なんとなくドストエフスキーの書いた小説のような印象がありましたが、著者であるカミュもドストエフスキーの本は読んでいたようなので、影響を受けていたのかなと推測します。
主な登場人物は以下の通りです。
- 医者のリウー。
- ペスト対策の保健隊メンバーとして活動してくれるグラン、タルー、コタール。
- 血清を用意するため活動してくれる老医カステル。
- 偶然街を訪れていたジャーナリストのランベール。
主人公はリウーと考えてよいですが、どの人物たちが持つ背景・心の様子も興味深く、読み飛ばしできない魅力があります。
ネズミからヒトへ
ペストの始まりは、一匹のネズミの死から始まります。
次々に死体となって現れるネズミ。徐々に問題が大きくなっていく緊張感。人へ感染していく様と、それを認識していく人々の心…
2020年代に生きる自分たちの状況とも非常に重なるものがありました。私たちが感染症を認識し始める最初期のころも、こんな気持ちだったな…と思える表現が多々登場します。
現代と違うのは、伝染病であると認識されるまでのスピードでしょうか。
このオランの街のペストでは、まさか伝染病ではないだろうと思いこむ街の人々や、上からの指示がない限りは隔離しようとしない者たちの様子が描かれていました。
現代は世界が非常に密接に繋がり、その様子がある程度どの地域の人も認識できるのが特徴ですよね。
”情報”とそれが伝わる”速度”、”範囲”が昔と変わったんだなと教えてくれます。
ロックダウンの開始
誰一人、街の外に出ることができない状況となったオラン。
P81にある通り、最大の信頼をおいていたはずのパートナーの別の一面を発見するに至ったり、愛情が軽薄だったはずの者が誠実になったりする様子は、現在のわたしたちにも共通するものがあります。
リモートワークが増えて家で共に生活する時間が増えた家族たちのトラブルと非常に似ているのです。
また、スピリチュアルが流行り出す状況も酷似していますね。宗教的説教をする者が登場し、ペストは何らかの罰の結果であると説く。赦しを乞わせようとする。
閉ざされた世界で起こる静かな”叫喚”として表現されているのですが、非常にしっくりくる表現です。
長期間にわたってロックダウンされていると人々がどのように変化していくか?その様子もじっくりと読んでみてほしいですね。
リウーという人間
彼は医師として、感染してしまった人の治療にあたるチームの一人です。常に最前線で活動を続け、疲弊していくリウーの姿はもちろん、彼がやっていることが常に”敗北”であるという言葉が非常に印象的です。
P152 際限なく続く敗北です
どんなに懸命に治療や感染対策に当たったとしても、ペストが弱まるその時までの一時しのぎであり、どうすることもできない。でもそれが戦いをやめる理由にならないんだと言うリウーに対し、タルーは疑問を抱きます。
なぜそこまでできるのか?と。
リウーという人間の道徳、今までの経験、そして誠実さを感じると、自分がいかに恵まれているかということや、貧乏がもたらすものについて考えさせてくれます。
ランベールという人間
ランベールは、ジャーナリストとして外からこの街にやってきて、出られなくなってしまった人です。外では愛する恋人が待っている。彼は様々な方法を駆使してなんとか街の外に出ようとするのですが、リウーたちと関わるにつれて心が変化していきます。
ペストという”不条理”に対して、人がどう変わるのか?
この本のテーマの1つにもなっていると思われますが、ランベールを通して、
幸福を選ぶことが恥になるかもしれない
というなんだか日本人のような心のありようが出てくるので、急に親近感が湧きます。
タルーという人間:私のイチオシ!
私のイチオシはタルーですね。非常に深く、考えさせられる人物像です。
検事の息子だった彼が、父親が「人を死刑にできる力を持った存在」であると気づいてしまったとき、どうしようもない嫌悪感と苦しみが彼を襲いました。
人を死なせることを正当化したくない。
その気持ち一つで家を飛び出した彼の人生と、人を殺すことができるペストの世界が重なって、
P305 人は神によらずして聖者になりうるか
という答えを探し続ける彼を応援せずにはいられません。
ペストを通して伝えられる人生の在り方
ペストという悪は、あらゆる人生における悪の象徴のように感じられる…と解説でも紹介されています。
悪が興った時に人々がどうなるか?様々な登場人物たちから垣間見ることができます。
闘う者、惑う者、負ける者、耐える者、喜ぶ者などなど…世の中の出来事を一概に正義と悪に分けられないように、ペストもまた人に善のような悪、悪のような善の効果をもたらしています。
自分たちの今の状況とも重なり、小説とも思えない重量感たっぷりのドキュメンタリーのようです。だからこそ、今になってペストを読み返している人たちが多いのだと思いました。
感想
文量が多く、読み終えるのに時間はかかりましたが、読後感はなんだか晴れ晴れしています。
事細かな描写があり、複雑な場面も多いのですが、まさに今感染症の猛威を感じているからこそ納得できる言葉が多くありました。
この小説の舞台は、過去にペストの流行を経験したことがある時代であるため、リウーは終息するときも見据えて行動しています。
だからこそ、敗北し続けても行動できた、と言えるかもしれないな、と個人的には考えています。真摯な対応、動じない心、始まり方も終わり方もわかっているからこその静かさが感じられ、だが一方でわかっているからこその諦めだったり、友人たちとの関わり方にどこか寂しさがあるような。そんな世界を感じました。
難解な本として知られるこちらの本ですが、しっくり来た部分が多くあったので、少しは読書家の能力が上がったのかもしれない…とちょっと嬉しくなった1冊でもあります。
まとめ
- 感染症との向き合い方を学ぼう
- 困難に直面した時の人の在り様を考えてみよう
- 答えのない問いをじっくり感じよう
自分の人生の幸福、責任について、考える機会をくれる1冊です。
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