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モモ

 不思議な子ども「モモ」の世界を救う冒険 最後までわからないドキドキ感、時代の風刺…ファンタジーでありながら身近なものにも感じる児童文学の名作をご紹介したいと思います。 ”モモ(ミヒャエル・エンデ著/大島かおり訳/岩波書店)” です。 ミヒャエル・エンデの作品としては、以前紹介した「 はてしない物語 https://www.otonadokusho.com/2022/11/blog-post_9.html 」に続いて2作目。 「モモ」では、より私たちの生き方に問題提起するような内容になっているので、子どもも大人も読む価値があると思います。 こんな人におすすめ ファンタジー作品が好きな方 哲学思考の好きな方 子どもと読みたい作品をお探しの方 概要           文章の構成           子どもでも読みやすい、ですます調の文章になっています。文量はやや多いですが、主人公モモの心の様子、周囲の人々の心の様子は共感しやすい文章です。 シンプルに書かれているからこそ、より響くものがありました。 <おおまかなあらすじ> 『浮浪児モモには不思議な魅力がありました。モモにできることは相手の話を聞くことだけ。しかし子どもも大人もモモと話をすると自分の本当の気持ちに気づかされ、問題を解決することができました。 お互いに持ちつ持たれつの生活を送っている中で、ある時から”時間節約”を始める人々が増え始めます。お金をたくさん得ることができますが、どんどん人々は疲弊していくようになりました。どうやらその裏には、灰色の男たちが存在しているようです。モモの孤独な闘いが幕を開けます…』 主人公モモの正体        モモに家族はいません。 正しく言えば、預けられていた施設を飛び出し、街中の浮浪児となった子どもです。何の力も持っていない人間かと思いきや、モモには 「人の話をきちんと聞く」 という能力がありました。 ただ聞いているだけなのに、モモに見つめられるとなぜか嘘はつけない… 知識があるわけでもない、権威があるわけでもないモモ。むしろ何も持っていないからこそ、どの人間に対してもフラットでいられるのかもしれません。その純粋さが、人々の救いになっていたのだろうと想像します。 モモは円形競技場跡に住みつき、街の人たちと交流をしていきます。子どもたちはモモがいればどんどん想像力がはたらき、新

新編 悪魔の辞典

言葉の意味を風刺たっぷりにディスる辞典 今日ご紹介するのはちょっと変わったテイストの本。 ”新編 悪魔の辞典(アンブローズ・グイネット・ビアース著/西川正身 訳/岩波書店)” です。1870年代に発表し始めたビアースのこの辞典は、五十音順に言葉とその意味が並んでいるだけの本。ただし、その定義はとても偏屈なのです。 「ちょっとそれは言いすぎじゃない?」 「いや、たしかにその通り。」 様々な感想があると思いますが、当時のアメリカでビアースが感じていた世の中のことをちょっと覗いてみましょう。 こんな人におすすめ 言葉の定義について考えるときにひと工夫ほしい人 色々な世の中の見え方があると思う人 概要           ビアスの世界の見かた      五十音順に編集されて並べられている言葉たち。それらは名詞に統一されているわけではなく、動詞などの品詞も含んでいます。 ぜひあとがきも読んでみてほしいのですが、 ビアス(ビアース)は激しく偏狭な性格 であった、とされており、言葉の悪魔的解釈がさすがです。 もっとぬるい・楽な人生の歩き方もあっただろうにと思うのですが、それを 自ら放棄したような歩み方で最期すら謎の人物。 でもそういう人ほど後に残る財産ってあるんですよね。 厳選10選!ビアスの悪魔的解釈 外国語通:自国語以外の諸外国語には造詣が深いものの、自国語にはあまり通じていない奴。 これ、今でもよく言われていることだと思います。 自分の国のこと、自分自身のことを理解していない人は、外国語をよく知っていたとしても、中身の薄い会話になる…らしいです。外国語を学ぶときは、言葉だけじゃなくて、人間力や国語力も高めたいものです。 学識:学問に勤勉な者の特色である一種の無知。 一つのことに夢中になると、ほかの事はおざなりになるもの。 研究者は1つの分野をいかに深く理解し、探究するかが大事ですし、それが存在意義になります。ただ、学んでいない分野は手薄になる。ビアスは権威を振りかざす人にうんざりしていたのかもしれません。 幸福:他人の不幸を眺めることから生ずる気持のよい感覚。 誰かの不幸は蜜の味…なんて言われることがありますが、確かに誰かの不幸を眺めて、 「自分じゃなくてよかった」 と思ってしまったことは1回くらいはあるのではないでしょうか。 自由:想像力の所有物の中で最も貴重なものの一つ

はてしない物語(上)

 現実と本の世界とがリンクする長編小説 児童図書作家の作品ということで、軽く読めそうだなと思って手を出したのが運の尽き。大人でも面白く引き込まれてしまう作品で、時間をかけて読んでおりました。 ”はてしない物語 上(ミヒャエル・エンデ作/上田真而子・佐藤真理子訳/岩波書店)” は300ページを超えますので、じっくりと楽しんでください。 こんな人におすすめ ファンタジーが好きな方 冒険物語が好きな方 概要           おおまかなあらすじ       「学校にも家にも居場所がないと感じている主人公バスチアンは、あるとき学校をさぼって本屋さんへとたどり着いた。 偏屈な主人が読んでいる本がどうしても欲しくなり、バスチアンは主人が席を外した際に本を盗み出してしまう。 彼は一人でその本を読み始めるのだが、そこには『ファンタージエン国』という世界で起きている危機と、それに立ち向かうアトレーユという少年の冒険が描かれていた。かの国では、『虚無』と呼ばれる何もない空間が世界を覆っていき、じわじわと削られていく渦中にあった…」 主な登場人物は以下の通りです。 バスチアン(本を読み進める主人公) アトレーユ(バスチアンの読む本の中の主人公) フッフール(幸運をもたらす幸いの竜) 幼ごころの君(ファンタージエン国の女王) バスチアンを通して見えてくる人の弱さ 最初から泥棒になっている主人公…なかなかない出だしではありますが、学校生活に打ちのめされ、父との関係に悩むバスチアンに共感する人もいるでしょう。悪いことだとわかっていて、もう後に引けないと思っていながら、目の前の本を読みたいという欲望に勝てないさまは、なんだか他人事とは思えない心理状態であると言えます。 ごくありきたりの人たちの、ごくありきたりの一生の、ごくありきたりの事がらが、不平たらたら書いてあるような本は、きらいだった。 というバスチアン。 確かに、ファンタジーな物語は非現実であるからこその感動やドキドキ感がたまりませんね。でもごくありきたりの中にある感謝や幸せに目を向けることができていない彼の精神状況は非常に残念です。 それを作り出してしまっている家族や周囲の状況、彼自身の自己肯定感の低さの問題にも目が向き、まるで自分のことを言われているかのような気持ちになる人もいるかもしれません。 物語の中のアトレーユは非常に勇敢です

生物から見た世界

 人間以外の生物たちは世界をどのように感じているか 今日ご紹介するのは、生物たちのお話。 少し古い本にはなりますが、 「環世界」 という言葉を提唱し、生物たちの知覚の違いから世界の見え方を広げてくれる一冊です。 ”生物から見た世界(ヤーコプ・フォン・ユクスキュル、ゲオルク・クリサート著/日高敏隆、羽田節子訳/岩波書店)” は科学の古典としても有名です。 古典ってすごいなーと感じるようになった今日この頃。魅力的な本は時間が経っても心打つものがあります。時代に合わせて訳し直してくださっている方々に頭が下がります。 こんな人におすすめ 生物が好きな人 人間世界に疲れ気味の人 概要           文章の構成           ”環世界” というものを様々な生物の観点から紹介していく1冊になっています。 環世界はユクスキュルが提唱した生物学の概念で、 「すべての動物はそれぞれに種特有の知覚世界をもって生きており、それを主体として行動している」という考え方 を指します。 様々な生物たちを観察した実際の研究をいくつか紹介し、われわれ人間とは違う知覚をする生物たちの様子から、彼らが同じ地球の上でもまったく別の”世界”に生きていることを伝えるものです。 正確には、ありのままの自然がそこにあり、それをどう知覚するかが種によって異なる…というようなことだと認識していますが、見えるもの・感じるものが違うのだから、まったく別の”世界”であると言ってもいいですよね。 人間は世界をありのままにみることはできない、とされていますが、よりそれを強く感じさせるような内容です。 ダニの世界を知る        本の最初で紹介されるのがマダニです。 マダニは視覚を持ちません。聴覚も持たない。ただ哺乳類の皮膚腺から出る酪酸の匂いを感知できるそうです。 運良くマダニがいる木の下を哺乳類が通ってくれれば、それを感知して落ちていく。おいしい血のごちそうにありつくことができ、産卵ができる。しかしそれは死ぬことと同義で、産卵したらあとは死ぬこと以外にすることがない… 人間感覚で言えば、儚いような、悲しいような気持ちにさせるような一生です。 さらに、ごちそうに辿り着けるかどうかは完全に運。マダニはその時がくるまで絶食が可能なのだそうです。ロストックの動物学研究所では、18年間絶食しているダニが生きたまま保存され