新編 悪魔の辞典

言葉の意味を風刺たっぷりにディスる辞典

今日ご紹介するのはちょっと変わったテイストの本。

”新編 悪魔の辞典(アンブローズ・グイネット・ビアース著/西川正身 訳/岩波書店)”です。1870年代に発表し始めたビアースのこの辞典は、五十音順に言葉とその意味が並んでいるだけの本。ただし、その定義はとても偏屈なのです。

「ちょっとそれは言いすぎじゃない?」

「いや、たしかにその通り。」

様々な感想があると思いますが、当時のアメリカでビアースが感じていた世の中のことをちょっと覗いてみましょう。


こんな人におすすめ

  • 言葉の定義について考えるときにひと工夫ほしい人
  • 色々な世の中の見え方があると思う人



概要          

ビアスの世界の見かた     

五十音順に編集されて並べられている言葉たち。それらは名詞に統一されているわけではなく、動詞などの品詞も含んでいます。

ぜひあとがきも読んでみてほしいのですが、ビアス(ビアース)は激しく偏狭な性格であった、とされており、言葉の悪魔的解釈がさすがです。


もっとぬるい・楽な人生の歩き方もあっただろうにと思うのですが、それを自ら放棄したような歩み方で最期すら謎の人物。

でもそういう人ほど後に残る財産ってあるんですよね。



厳選10選!ビアスの悪魔的解釈

外国語通:自国語以外の諸外国語には造詣が深いものの、自国語にはあまり通じていない奴。

これ、今でもよく言われていることだと思います。

自分の国のこと、自分自身のことを理解していない人は、外国語をよく知っていたとしても、中身の薄い会話になる…らしいです。外国語を学ぶときは、言葉だけじゃなくて、人間力や国語力も高めたいものです。



学識:学問に勤勉な者の特色である一種の無知。

一つのことに夢中になると、ほかの事はおざなりになるもの。

研究者は1つの分野をいかに深く理解し、探究するかが大事ですし、それが存在意義になります。ただ、学んでいない分野は手薄になる。ビアスは権威を振りかざす人にうんざりしていたのかもしれません。



幸福:他人の不幸を眺めることから生ずる気持のよい感覚。

誰かの不幸は蜜の味…なんて言われることがありますが、確かに誰かの不幸を眺めて、

「自分じゃなくてよかった」

と思ってしまったことは1回くらいはあるのではないでしょうか。



自由:想像力の所有物の中で最も貴重なものの一つ。

珍しくポジティブな言い方!だと私は感じました。

たぶん、自由になりたかったんでしょう。そして確かに、現代人が求めるものでもあります。

ただ、何かに縛られていないと、自由のありがたみってわからないものだと思いますね。



達成:努力の死、嫌悪の誕生。

達成してしまったら燃え尽きてしまう人もいます。

山を登っている最中が良いのだと。

また別の山に登る努力へシフトできるなら、嫌いにならずに済むと思いますが、ビアスの人生ではできなかったのかもしれません。



憎しみ:他人のほうが自分よりも立ち勝っている場合にふさわしい感情。

悔しい気持ちは競争社会で役に立ちます。自分を鍛錬することにもつながりますし。

憎しみも使いようですね。



熱狂:青年がかかり易い病気で、経験という外用薬を用いるとともに、後悔という内服薬を少量ずつ服用すれば、この病気は直る。

熱狂の捉え方はありきたりな表現かなと思いましたが、経験が外用薬・後悔が内服薬になっているのが上手だなと感じました。

自分の外から得られるものと、自分の中で生み出されるものを薬にする…例え方が素敵です。



平和:国際関係について、二つの戦争の期間の間に介在するだまし合いの時期を指して言う。

実はQuizKnockさんの動画でもこの悪魔の辞典は紹介されているのですが、その動画の問題に「平和」が出題されていました。

平和というのは、戦争と戦争の間にあるもの。争うことは避ける方法は、まだ見つかっていません。



良心:脳髄の灰白質を冒し、精神に軋轢を生じさせる、胃の腑の病める状態。

この捉え方をするなら、良心は後悔や罪悪感とセットになっているようですね。

相手に悪いことをした、という自覚があってこそ生まれるものでしょう。



恋愛:一時的の精神異常だが、結婚するか、あるいは、この病気の原因になった影響力から患者を遠ざけるかすれば、簡単に直る。

結婚すれば直る(治る)…というビアス。結婚してからの精神異常もたくさんあるでしょうが、確かに恋愛中は盲目そのもの。恋を病だと認識できているのは、わりと常識的な感性だなと思いました。



感想          

悪魔の辞典は、ちょっぴりひねくれた解釈の辞典。言葉で遊ぶような感覚もあって、自分ならどう表現するか?と考えながら読みました。

あとがきのビアスの人生を読むと、辞典よりは自伝のような気もします。


少し話題は逸れますが、

人から嫌われる人が悪ではない、ということを日頃考えます。

人から遠ざけられた人ほど、実は後の世の人に残すものが多かったりするからです。みんなと一緒ではとびぬけられない。尖っていることが必要な時もあるのでしょう。


確かに、そういう人を相手にするとき、嫌な気持ちになることが多いです。

「何言ってるんだこの人…」

「普通はこうならないだろうに…」

「きっと家庭環境がこうだったから、知らないんだ…」

「なんでそんなに曲解するのかな?」

常日頃、周囲に存在する人たちすべてが自分にとって都合のいい人間ではない、と思いつつも、都合の悪い人間がいると遠ざけたくなりますね。

自分の害悪になるから遠ざけろという意見もあれば、腹を割って話してみればそれほどでもないよという意見もあるので何とも答えは出ませんが、


”否定はせず、批判はしてみる。出会ったことをプラスに変えるかマイナスに変えるかは自分次第。”


という心づもりで、たくさんの価値観を見つめてみようと思いました。



まとめ         

  • 「たしかにそうかも!」という言葉を発見してみよう
  • 自分ならどう定義するか考えてみよう
  • 言葉で遊んでみよう

ダークファンタジーの要素はなしです。

言葉は変化するものですし、場面・文脈によって天使にも悪魔にもなる。大事に言葉を使いたいものです。

コメント

このブログの人気の投稿

あなたはあなたが使っている言葉でできている

英語学習:Kevin's English Roomさんの書籍

新版 ハマトンの知的生活