白い病

 戦争をやめさせるための攻防

以前カミュが描いた「ペスト」https://www.otonadokusho.com/2022/09/blog-post_18.htmlの記事を書きましたが、今回も感染症に関するお話です。

”白い病(カレル・チャペック著/阿部賢一訳/岩波書店)”では、

「疫病×戦争」

をテーマに、「戦争を率いる元帥vsたった一人の医師」の攻防が描かれます。

ペストとはまた違い、疫病を利用して自分のエゴをぶつけ合う男たちの様子が描かれています。


こんな人におすすめ

  • 疫病関連のお話に興味がある方
  • ラストのどんでん返しが好きな方



概要          

文章の構成          

フィクションではありますが、このご時世、まったく他人ごとではない話です。描かれたのは1937年とだいぶ昔ではありますが、名作SFとされるチャペックの作品です。


<おおまかなあらすじ>

戦争がまさに起きようとしている世界。そこで突如謎の病が流行する。

その病は「50歳以上の人間が死ぬ」というもの。世を支配している年配の人間たちは恐れおののき、治療法を求めていた。

そこに治療薬を開発したというガレーン博士という人物が現れる。人々は彼に治療してもらいたい・治療法を公開してほしいと望むが、彼は

貧しい人しか治療しない

というポリシーがあった。さらに、この治療法を教える代わりに、

戦争をやめてくれ

と迫る。果たして、人間たちは戦争をやめることができるのか…?



ドキリとする疫病の設定    

この病気の発症について、ジーゲリウスという医師は中国発だと言っています。…なんだか今の私たちの状況を彷彿とさせますよね。


さらに、この疫病は「50歳以上の人間が感染して死ぬ」というもの。それについて若者たちは、

P29 だって、今の若者にはチャンスがないの、この世の中に十分な居場所がないの。だから、私たち若者がどうにか暮らして、家族をもてるようになるには、何かが起きないとだめなの!

と叫んでいる。

高齢化が進む世界のことを風刺しているかのような内容に、ドキリとしますね。



戦争と疫病の対比       

感染すると、かなり惨たらしい死に方を迎えるこの病気。ジーゲリウスはチェン氏病という名前で呼ぶことにしています。感染者の臭いと血まみれの最期は、一般の人が見るに堪えないくらいの惨状らしいです。


一方で、戦場で医師として活動したことがあるガレーン博士は、戦争における悲惨さについて語っています。

  • 人々が殺し合いをすること
  • 鉛の玉やガスで人を殺すこと

を平気で行う戦場で、医師として人々を守らなければと奮闘するが、そもそも戦争さえなければこんな状況は生まれていない…!と考えるガレーン博士。


疫病の悲惨さと、戦争の悲惨さのどちらをまず解決するのか?それを問うています。


徐々に物語の中心は、クリューク男爵とガレーン博士のぶつかりあいに移っていきますが、ここでは

平和 vs 戦争による勝利

の対比が明確になります。

戦争により恩恵を受ける人間がいて、戦争で傷つき貧しくなっていく人間がいる。貧しい者たちを守ることが正当化されてほしいと願うものの、戦争により得た利益が潤すものも世界には存在している…何かを失わなければ、どちらも失ってしまうような気がする。

平和はまさに、戦争と戦争の間にある期間に過ぎないのでしょうか。



登場人物たちの魅力     

枢密顧問官であるジーゲリウスは、まさに「白い巨塔」に登場しそうなお金・名声を大切にするお医者様です。

彼はガレーン博士に研究場所を提供し、あわよくば彼から治療法をいただこうとする存在なのですが、これがなかなかうまくいかない。ジーゲリウスの「いかにも悪い人間」という存在は、逆に安心感のある素材なんです。


なにしろ、

薬を提供する代わりに戦争を止めろというガレーン博士

戦争で勝つことが絶対に必要だと考え武器をつくることをやめないクリューク男爵

そのどちらもが絶対に正しい存在だとは言えないからです。


ガレーン博士は疫病を盾にジーゲリウスやクリューク男爵を脅迫します。命が惜しいなら戦争をやめろと言う。これは

P113 ある種の平和のテロリスト

であるとあとがきで語られています。


もちろん、戦争に勝つために犠牲を厭わないクリューク男爵の立場もまた、国のためなのか、自分自身のためなのかがわからないし、自分勝手であることは間違いないです。



はたして結末は…?     

どちらも”たった一人の”存在であるにも関わらず、世界を動かす影響力を持っています。

ガレーン博士もクリューク男爵もお互いの立場を譲る気がありません。


そんなとき、クリューク男爵がついにこのチェン氏病に感染するのです…

さて、結末はどうなるか?最後の1ページまで見逃せない内容になっています。クリューク男爵は治療を受けるのか?戦争は終わるのか?それとも戦争は続くのか…?



感想          

非常に考えさせられるテーマでした。

一見、ガレーン博士の主張が正しいように思えるのですが、大勢のために一人を犠牲にしようと考える思考を、良く思わない人も多いはず。


お話としては面白いと思います。お互いのエゴのぶつかり合いに、実はどちらも愛があるんですよ。ガレーン博士は貧しい人への愛があるし、クリューク男爵にも家族への愛があった。でもどちらも正しいと言い切れない。そこに良さがあるなと思っています。

結局は”正しい”は人により、国により、時代により、変化してしまうもの。

ただ、若い人が優先される世界であってほしいな、とは思いました。どこまでがそうなのか、年齢を区切ることは難しいけれど、常に新しく生まれてくるものたちに実りがあるよう、考えられている世界であってほしいと考えています。

この物語の結末的にも、そこに着地しているような気がしました。



まとめ         

  • 疫病を盾に戦争を止めようとする医師のテロ
  • 武力により戦争に勝とうとする男爵のエゴ
  • 若き人間たちの決断を問う物語

短い物語なので、一気に読めると思います。ラストは「え…?!」と言ってしまうかもしれませんが、解説まで含めて読んでみると、なるほど確かに…という内容です。

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